喫茶店で死ぬ練習 (11/3の雑記)

 

残業の連続で疲弊しきった体で迎えた3連休だったので、たぶんこの休みは一歩も部屋から出られないんだろうな、でも何もせずに過ごす3連休だって有意義なはずだ、と誰に伝えるのか分からない様々な言い訳を頭の中でこねくり回してベッドから出られない土曜日のお昼ごろに友人から美術展に行かないかとお誘いがあり、結局は連休の初日から外に出て何だかんだ有意義な日を過ごすことができたのだった。

その余韻が残っていたのか、今日は目が覚めると同時に妙に外へ出たい気分になり、バスを乗り継いで少し遠くにある本屋へ本を買いに行った。せっかく外出したのだしどこかでお昼ご飯でも食べようと思いあたりを10分ほどぶらぶらしたところで良い感じの喫茶店を見つけ、少し緊張しながら開くか開かないか判断のつかない入り口のドアに手を伸ばした。

私よりもしっかり背筋の伸びたおばちゃんが水をテーブルに置くことで私の座るべき席を指定してきたので、大人しく従ってその席に座ることにした。ドライカレーとアイスコーヒーを注文する。ドライカレーに添えられた福神漬と、スプーンとフォークの先を紙ナプキンでくるむ提供方法を見て、「あ、喫茶店だここ」と当たり前のことを思う。それを求めて入ってきたわけではないのだけれど、目にすると私の中にある記憶のどこかが刺激され、ああどこかではこれを求めてこの店に入ってきたのかもしれないと思わされるような喫茶店らしさであふれかえった店内だった。

私の祖父母の家は、住宅団地の開発によってその一室に吸収される以前の一軒家の時代に、喫茶店を営んでいた。団地の開発が始まったのが、私が4歳の頃だったので、その喫茶店の記憶はほとんどない。幼い私が使い方の分からないコーヒーメーカーで遊んでいる記憶だけが、その手元がどアップされた映像で妙に鮮明に残っている。これは本当に私が4歳の頃に経験した記憶なのか、祖父母や親の話を聞いて捏造した記憶なのかわからない。あるいは、この記憶の一部は今この喫茶店に入ったせいで、現在進行形で捏造されている最中なのかもしれない。

カウンターに置かれたポータブルテレビでは、Amazon Primeで配信が始まった新しいお笑い番組の番宣が流れていた。普段なら見たいと思う番組が、今はどうしても見ようという気分にならない。新しい音楽や新しい本を聞け/読めず、昔聞いた音楽や読んだ本を聞き/読み返すことしかできない時期が定期的にやってくる。まるでもう死ぬときの走馬灯の練習をしているような時間。そうした時期がまたやってくる、ポータブルテレビをぼんやり眺めながら直感した。

経験的に、こうした時期が過ぎ去れば、また前向きに新しい物事を消費することができる時期がやってくることは知っている。徹底的に過去を振り返って一度死ぬ、そうすることでまた新しく生きられる日々が来る。物心つく前の私から出発した喫茶店の記憶は、高校一年で初めて入ったスターバックスの緊張感や大学時代友人と朝から晩まで話したもう通うことのなくなった喫茶店まで引き延ばされ、捏造され、生まれ変わっていく。

ヘミングウェイ「白い象のような山並み」

あまりにも記憶力が悪く、読んだ小説の内容は本を閉じたその瞬間からどんどん脳から落ちて忘れ去られていく。好きな小説は好きだったことだけ覚えていて、内容は殆ど思い出せない。だからこそ何度も読むことができるのかもしれないが、これからはなるべく記録に残そうと思い、好きな小説(読んで「好きだ」と思った記憶だけが残っている小説)について書くことにした。

感想というものを書くのに慣れるため、最初のうちは短編小説から。

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ヘミングウェイの短編は全て文庫で読むことができる。良い世の中だ。全短編集の第一巻で私が一番好きなのが「白い象のような山並み」という話。(短編集の目次では、過去の私によって、そのタイトルの上にだけペンで☆マークが書かれている)

初めて読んだヘミングウェイはやはり『老人と海』だったが、当時の私にはあまり面白さは分からなかった。ヘミングウェイの面白さが分かったのは短編からだ。ほんの短いストーリーで、その後ろに隠れた分厚い背景や人間関係が見えてくる。すべてを書かない、言葉足らずだからこそ、より広い風景を見ることができる。

その後、ヘミングウェイを読み進めていく中で、これらの短編が「氷山理論」「省略の理論」と呼ばれる彼の創作理論のまさに実践であることを知るのだが、初読時の私にはこの省略の技法がとても新鮮だった。創作論としてよく言われる「何を書いて何を書かないか」の「書かない」の部分、その重要性を直感させられたのがヘミングウェイの短編であり、その「書かない」芸術を一番うまく実践したのはヘミングウェイ以外の誰でもないだろう、なんて時々思ったりもする。

「白い象のような山並み」は次のような風景描写から始まる。

エブロ渓谷の彼方の山並みは、長く白く連なっていた。山のこちら側には一木も生えておらず、日陰もなく、駅は二つの線路に挟まれて陽光を浴びていた。駅の側面には、熱を孕んだ駅舎の影がぴたりと寄り添っている。バーの入口には、蠅よけの、竹のビーズをつないだすだれがかかっていた。(「白い象のような山並み」高見浩 訳)

映像的に想像すると、カメラの画角が地域(スペイン・エブロ渓谷)→彼方の山並み→山のこちら側→駅→駅舎→バー→バーの入り口のすだれ、と次第にズームインしていく形で風景が描写される。そしてこの一連の風景描写だけで、この短篇における舞台や風景、要素は出揃うことになる。小説のタイトルにもなっている山並み、荒涼とした土地と灼熱、舞台である駅舎とバー、風や人に揺られる度に描写されることになる竹のすだれ......。逆に、これら以外の新しい要素はこの後小説にほとんど登場しない。

「白い象のような山並み」を巡って繰り広げられる男と女の会話は、二人の関係やこれまでの背景を読者に推測させるよう上手く組み立てられている。

「あの山並み、白い象みたい」彼女は言った。
「白い象なんて、一度も見たことないな」男はビールを飲んだ。
「ええ、ないでしょうね、あなたは」
「いや、あるかもしれないぞ」男は言った。「俺が見たことないときみが言ったからって、そのとおりとは限らないんだぞ」

白い象、といえばタイで神聖視されている白象が思い浮かぶが、彼女はそのことを指して言っているのだろうか。それはどうか分からないが、女が男の無粋さに飽きれている、何だか男を見下している雰囲気は読み取れる。そして男の方も、女を下に見ている。引用の最後の台詞には、彼女に自分の経験を推し測られたくないプライド、彼女の判断よりも自分の判断の方が上だとする自尊心が見て取れる。

「とにかく、気分よくすごそうじゃないか」
「いいわよ。あたしはそう努めてたんだから。あの山並みは白い象みたいだ、って言ったのよね、あたし。あれは冴えていたでしょう?」

このあたりに来て、どうやら具体的な出来事から二人の間に不穏な空気が流れていることが分かってくる。注意深く読めば、どうやらそれは「中絶」をめぐる揉め事だと推測できるのだが、その揉め事の中心にもってくる主題が「白い象のような山並み」なのが面白い。

「それから、この新しいドリンクを試したくなって。あたしたちのやってることっ
て、それだけね ―― 景色を見て、新しいドリンクを試す。そうでしょ?」
「そんなところだな」

この台詞の通り、この小説で描かれるのは、男と女が景色を見て酒を飲むという何でもない風景でしかない。しかしそれは長い人生の一瞬であり、であればやはりその一瞬にはこれまでの人生の全てがのっている。

当たり前といえば当たり前だが、途方もない気分にもなるこの事実。ヘミングウェイの短編はそのことに気付かせてくれる。読み終わった後は、いつも少し放心してしまう。

選挙に行った (10/27の雑記)

政治的なものごとには程ほどに関心があり、本や論文などもたまに読むのだが、それはいわゆる政治哲学や政治思想系の新書・人文書が多い。現日本国政府の政権に関心をもつことはできず、新聞やテレビのニュースなどはほとんど見ることはない。

政治というものを具体的なものとして日常に持ち込むのが怖いから、現政権の腐敗や醜悪さを目の当たりにした際のストレスに耐えられる自信がないから、それらを目に入れることから毎日逃げている。

しかし政治に関心を持てないことは倫理的に悪だという思いがどこかにあり、その罪悪感から逃れるために抽象的な政治理論の本を読んで自分をごまかしているのだろう。

具体的な政治から目を背けること、その事実からも目を背けること、自分は政治から二重に逃げてしまっている。

こんな感じで逃げている私だから、今回の衆議院選挙を知ったのも、ニュースや新聞から能動的に知ったのではなく、職場で同僚から聞かされてのことだった。

帰宅してチラシで埋もれた郵便受けを確認すると、私のもとにも確かに投票券が届いていた。(公的書類が届く度に、ああ私の存在はちゃんと国に登録されてしまっているのか、となんだか不思議な感情になる)

投票日当日に予定はなかったので、期日前ではなく当日に行こうと思い、忘れないために玄関のいつでも見える位置にセロテープで投票券を貼り付けておいた。朝家を出るたび、夜帰宅するたびに投票券が目に入るので、しばらく見ていなかった地上波ニュースでも見てみようかな、という気分になりテレビをつけてみるも、数分直視するだけで疲弊してしまい結局すぐに電源を落とす、みたいな日々が一週間続いた。

投票日当日。7時過ぎに起床し、目覚ましがてらの散歩のついでに投票所に行った。一週間うだうだ悩んでいたが、結局は選挙があることを知った日に直観で入れようと思った候補者と政党を記入した。私の行った投票所では投票済証明書などは発行していなかったようで、何ももらえず手ぶらで帰宅した。ちょっと損した気分だ。


選挙の存在を知ってから投票所に行くまでの1週間、候補者やマニフェストを調べながら、「自分が投票に行く理由は何だろう」ということを考えることが多かったように思う。

先に書いたように、政治に関心がない・投票に行かないのは倫理的に悪だという価値観が自分の中にある、というのも一つの理由だ。

けれど一番大きい理由は、今まで(特に大学生の時期に)出会った人や友人たちが、実際に今の政権や日本の雰囲気から苦痛を受けている、比喩ではなく政治に殺されてしまうかもしれない、という事実にある。

夫婦別姓同性婚が認められていないことに苦しんでいる友人がいる。外国人差別のある日本で生活している外国出身の知り合いがいる。

だから私は投票に行くのだけれど、ここをもう少し掘り下げて考えてみると、結局自分は他人のためではなく自分のために投票しているに過ぎないんだ、と自己嫌悪に陥りそうになったりする。

つまり、自分が彼・彼女らのことを考えて投票所に向かう時、そこには、投票しないと彼・彼女らに顔向けできない、投票に行かなければ彼・彼女らと友人を続ける資格がなくなってしまう、みたいな感覚がある。

結局は自分が後ろめたさを感じず、彼・彼女らと仲良くしていきたいから投票に行っているに過ぎないのだ。

政治の不正に本気で怒ったり、世の中のことを真剣に考えたりしているわけではない。自分と仲の良い友人、仲良くしたい人に生き続けてほしい・そして自分の存在を彼・彼女らに許されたい、そういった自己中心的な考えで、なんとか政治に関わろうとしている。

自分のマジョリティ性からくる罪悪感から逃げるための投票に過ぎないのではないか?という疑問が日々頭をもたげる一週間だった。(私はいつも何かから逃げている)

ただ、この雑記を書いている今は、これが自分にできる政治に対する関わり方だと、割り切って受け入れられている気もする。

私は今の友達とずっと友達でいたいから、投票に行った。自己嫌悪に陥りたくないから投票に行った。自己中心的で独りよがりな理由だが、私はこういう性格で、こうしか行動できないのだから仕方がない。


追記(?)

SNSで投票所の看板と推しのアクスタを一緒に撮って載せている人がいて、とても良いなと思った。推しを推せなくなる世界だって全然あり得るのだから、推しグッズと投票所を組み合わせることは理に適ってるし、キャッチ―な感じも出て良い。私もやればよかった。投票所にフォトスポット設けるのとか、意外とありかも。

 

 

 

『近代美学入門』井奥陽子

井奥陽子『近代美学入門』を読んだので、自分用のメモと感想を。

 

www.chikumashobo.co.jp

 

最近美学に関心があり、新書など手に入れやすいものは見かけたら購入するようにしている。タイトル通り、「近代」の美学に焦点を絞っているため、美学の流行や最新の学説を知りたい人におすすめできるものではないが、美学を勉強する中で常に直面する「芸術」や「美」といったそもそもの概念について考える際の基盤になってくれる本だろう。文章も、実際に講義を聴いているような、スルッと入ってくるですます調の平易な文体で読みやすい。

本書はヨーロッパの美学(主にルネサンス~19世紀前半)に焦点を当て、「芸術」や「天才」「美」「風景」といった、芸術を語る際に(よく考えることなくとりあえず)頻繁に使われる概念の成立と変遷を論じている。私たちの中に何となくのイメージで沁み付いているそうした概念は、殆どが18世紀~19世紀のヨーロッパで成立したもののようだ。以下に、特に面白いと感じた部分のメモや簡単な感想を書いていく。

 

第1章

第1章では「芸術」という概念の成立・変遷が扱われる。ここで言われる近代以降の「芸術」概念とは、文学・音楽・絵画・建築などの諸作品を、「『美』を本質とするもの」として一括りで捉える概念、くらいに(とりあえずは)理解しておくのがいいだろう。

「芸術」という概念が生まれる近代以前、文学・音楽・絵画・建築などを一括りにする概念(単語)はなく、それらは個別個別に、あるいは別のカテゴリーに属するものとして考えられていた*1。古代ギリシャやローマでは、「アート」(テクネー/アルス)は芸術ではなく技術や学問を意味していたし、その「アート」の中でも、文学や音楽はエリートが学ぶ「自由学問」、絵画や建築は職人の手仕事である「機械的技術」とされ、上下関係のある別々のグループに属するものであった。このあたりは色んな入門書で触れられる有名な話かもしれない。

こうした状況から、文学・音楽・絵画・建築が一括りの「芸術」として捉えられるまでに、(1)自由学芸の中から文学・音楽が他の学問と異なるものと捉えられる、(2)機械的技術の中でも、絵画や建築は他の職人仕事とは異なるものと捉えられる、(3)その両者に共通の性質が発見される、という3段階を踏むことになる。
(1)は「新旧論争」において、<進歩史観ではとらえられない何かがある>とされた文学や音楽が他の技術・学問から区別されることにより、(2)は「詩画比較論」をめぐる論争、美術アカデミーの創設を経て、絵画や建築は高尚なものと考えられるようになり達成される。(3)はペローの『美しい諸技術の書斎』に端を発する。ペローはこの著作で伝統的な機械的技術と自由学問の区別に反対し、絵画や建築にも価値を認めるべきだと主張した。その半世紀後、シャルル・バトゥーが詩や絵画、音楽に共通する「原理」を考察し、「美しい諸技術」という概念を、学問や職人仕事から区別される独立したグループとして成立させた。ペローや(1)(2)によって価値を認めるべき対象が拡張され、バトゥーによってそれらの対象を括る原理が発明された、といった具合だろうか。

(1)の「新旧論争」において、<進歩史観ではとらえられない>という観点から文芸と技術(医術など)が分離されたというのが個人的には非常に興味深い。様々な技術があるなかで、発展すればするほど良くなる(美しくなる)わけではない、大昔の技術にも見出せる美しさがある、というのはまさに芸術の本質の一つであるような気もする。

*1 J・I・ポーターのように、古代ギリシャにも芸術概念があったと主張する学者もいる。彼はその根拠として「ミメーシス」(模倣の技術)をあげるが、それはあくまで現代のわれわれが「芸術」と呼ぶ対象と一部が共通しているだけで、完全に一致するわけではない。著者はあくまで「アート」という一語で括れる一般的な概念として「芸術」が誕生したことに重きを置いているのであって、「芸術」という概念がなかった古代人は美を理解していなかった、などと主張しているわけではない。

 

第2章

第2章では「芸術家」とそれに付随する概念(「天才」や「オリジナリティ」など)が取り上げられる。詳細は省くが、古代にはほとんど存在しなかった<ある作品と一対一で結びつく権威を持つ作者>が、「芸術」という概念が成立する過程に伴い、「芸術家」という概念として成立していくことになる。

作者が意志を持った一人の「芸術家」として捉えられるようになって初めて、「芸術家」に「ジーニアス(天才)」や「オリジナリティ(独創性)」「クリエイティブ(創造性)」といった属性が付与されるようになる。「ジーニアス」の語源は「守護天使」、オリジン(起源)やクリエイト(創造)もキリスト教的な神に関する概念である。章の後半ではロラン・バルトの「作者の死」や受容美学が紹介されるが、これらは近代から始まる<神としての芸術家>概念を解体する作業であるともいえるだろう。

 

第3章

第3章では美の「客観主義」と「主観主義」という二つの立場が紹介される。前者はピュタゴラスに代表されるプロポーション理論(美とは数によって規則化できる秩序である)や「黄金比」の考え、後者は現代の私たちにも馴染みのある<何を美しいと思うかは人それぞれ>という考えを取る立場である。

古代から続いた美の「客観主義」からの離反と「主観主義」への移行を決定づけた原因としては、17世紀の科学革命とイギリス経験論の登場が挙げられる。つまり、17世紀には天文学の発達によって、ピュタゴラスの考えた<幾何学的な神によって創造された秩序づけられた宇宙>という世界観が崩れ去り、バークやヒュームといったイギリス経験論の台頭により、理性ではなく経験に重きを置く思想の潮流が誕生する。こうした経緯から、美とはもの自体が持つ性質なのではなく、見る側の感覚から来る経験である、という考えが生じるようになった。

しかし、「美」が完全に主観的なものだとすれば、時代や場所を越えて「美」とされるものが存在することを説明できない。こうした「主観主義」と「客観主義」の矛盾はカントに引き継がれることになり、カントはその答えとして趣味判断における「主観的普遍妥当性」という定理を導き出した。つまり、人があるものを美しいと感じるとき、その人は「これは他の人にとっても美しいはずだ」と考える。美とは鑑賞者の主観的な感情ではあるものの、それと同時に鑑賞者はその感情が客観的であることを期待する。この期待は、まさに私たちが絵画や音楽を鑑賞している時に感じる高揚感そのものと言えるかもしれない。「美」だけではなく、対象について何らかの判断をくだす際、私たちは常にこの「主観性」と「客観性への期待」という構造の中にいるような気がする。カントのこの考えは私自身の鑑賞の態度に直観的に合致するような気がした。

 

第4章

第4章では「崇高」という概念が扱われる。美学に疎い私とって、「崇高」という概念は聞き慣れないもので、一つの概念史の対象となることにまず少し面食らった。「崇高」という概念はもともと古代ギリシアの修辞学において、英雄物語や格調高いスピーチを行う際に奨励される文体の一つ(崇高体)を指す言葉だった。それが、ルネサンスにおいて、文体に限らない、<私たちを忘我に至らしめるものやその感覚>を表す哲学的概念にまで拡張され、グランド・ツアーの流行や「主観主義」による伝統的なプロポーション理論への反省を経て、「自然」(伝統的な美とは相反する荒々しい自然)へ人々が抱く「ある種の美的感情」を指す概念へと変容する。つまり、近代美学において「崇高」とは、「自然」のもつ恐ろしさや理解のできなさといったネガティブな側面と、すごさ、偉大さといったポジティブな側面がないまぜになった独特の魅力を表す概念になったのだ。

本章では、特に古代の山岳論争と近代のグランド・ツアーに関する記述が面白かった。ヨーロッパには標高が高く、草木もほとんど生えない無秩序な山が多数ある。こうした美しくもない山は何のためにいつ創造されたのか、そうした神学的な議論が「山岳論争」だ。神学的な山の解釈には、神が6日間かけて作った初期の世界には山は存在せず、人間に罰を与えるために引き起こした大洪水の後に山が出現したとする説などがあり、こうした世界観では、山は人間の罪を思い起こさせる醜悪で嫌悪すべきものとされる。

そのような恐ろしい山に実際に足を踏み入れる機会が、17~18世紀のイギリスの裕福層を中心に流行した「グランド・ツアー」であった。バーネットはグランド・ツアーにおいて目にしたアルプスの光景にショックを受け、「山岳論争」において山を原罪の象徴とみなす立場に身を置くが、それでも彼の著作には山の壮大さに感嘆するような記述が多々見られる。ここにはまさに新しい美意識が、新しい美の概念が生まれる瞬間の葛藤のようなものが見て取れる。理論的には杜撰であるが、山を目の前にした矛盾する感情が文章ににじみ出てしまうこの感じは非常に興味深い。残念ながらバーネットのこの著作は日本語に翻訳されていないようだ。

 

第5章

第5章ではピクチャレスクという、これまた美学に造詣のない私にとってあまりなじみのない概念が取り上げられる。ピクチャレスクも崇高と同様、自然の無秩序さや不規則が持つ魅力を表す概念だが、崇高ほど狂暴・無秩序ではなく、ある程度バランスのとれた穏やかな自然風景を指す。

ピクチャレスクという概念は風景・風景画と強く結びついた概念だが、この概念の変遷は、まず「風景画」という概念が登場し、それによって「風景」「ピクチャレスク」という概念が成立する、という道筋をたどる。自然から「風景」として切り取ったものを「風景画」として成立させたのではなく、自然を描いた絵画を「風景画」として捉えるようになったことで、人々は自然を「風景」として鑑賞できるようになった。直観的に逆の過程を思い描いていたし、そもそも「風景」を自明のものとしていたので、ここの記述は面白かった。

ピクチャレスクは「部分の多様性」と「全体の統一性」によって特徴づけられる。<多様さ=不規則性>がある<統一=規則>の中にある、といった具合だろうか。章の最後に触れられる、「整形式庭園」から「風景式庭園」への移行も、<西洋の庭=シンメトリー・人工的>といった粗い先入観しかなかった自分にとって興味深いトピックだった。

 

 

ブログタイトルについて

 はてなアカウントやブログ自体は結構前から持っていたのだが、非公開の日記やメモを書き溜めるばかりで、公開して動かすことはなかった。その理由の一つとして、ブログのタイトルが中々思いつかなかったのだ。Word Cascadeなどのサイトで色々な単語を組み合わせてもしっくりするタイトルが出来上がらない。
 タイトルをつけるとそれによってブログの性格が確定されてしまうような気がする。何か明確に書き続けていきたいテーマもないのに、タイトルを決めてしまって良いものか、そういう躊躇もあった。

 ブログのことは忘れてダラダラと過ごしているうちに、日々繰り返し頭に思い浮かべてしまう言葉が発生して、結局それをそのままタイトルにすることにした。
 ≪ Et maintenant ? ≫。フランス語をブログのタイトルにしてしまうのはかなりキザっぽい気もしたし、後々自分でも恥ずかしくなるのではという恐れもあったが、しっくりきてしまったのでしょうがない。

 Googleで≪ Et maintenant ? ≫と検索するとフランスの歌手ジルベール・ベコーの曲がヒットするが、タイトルはここから取ったわけではなく、サルトルの小説『嘔吐』からの引用だ。(ジルベール・ベコーの曲については、朝倉ノニーさんという方のブログに和訳と簡単な解説がのっています。良い曲だし、とても良い和訳だと思う。そしてこの歌の≪ Et maintenant ≫にも、以下に書く虚無感と共通するものがある。)

 少し長くなるが、サルトル『嘔吐』からワンシーンを引用したい。

 不意に彼が最近に参照した本の著者名が頭に浮かんだ。ランベール、ラングロワ、ラルバレトリエ、ラステックス、ラヴェルニュ。それは閃きだった。独学者の方法が分かった。彼はアルファベット順に知識を身につけているのだ。
 私は一種の感嘆の念を覚えながら、彼を見つめた。かくも広大な規模の計画をゆっくりと執拗に実現するためには、どれほどの意志が必要であろうか? 七年前のある日(彼は七年前から勉強していると私に語っていた)、彼は意気揚々とこの読書室に入って来たのだ。壁を飾る無数の本に視線を走らせて、ほぼラスティニャックのようにつぶやいたに違いない、「さあ、お前と一騎打ちだ、人類の学問よ」と。それから一番右側の最初の書棚にある最初の本を取りに行った。不動の決意に、尊敬と畏怖の感情を交えながら、彼はその本の第一ページを開いた。現在の彼はLまで来ている。JのあとがK、KのあとがLだ。彼は甲虫目の研究から一足飛びに量子論の研究に移り、ティムールにかんする著書から、ダーウィニズムを攻撃するカトリックのパンフレットに移行した。一瞬たりともまごつかなかった。彼はすべてを読んだ。単為生殖について知られていることの半分を頭に蓄積し、生体解剖を非難する論拠の半分をためこんだ。彼の背後に、彼の前方に、ひとつの宇宙がある。そして彼が、一番左の最後の本棚にある最後の本を閉じながら、「さて、それで?」とつぶやく日は近づいているのである。 (J-P・サルトル『嘔吐』鈴木道彦訳、p.53-54)

 ≪ Et maintenant ? ≫は、この引用の最後の一文に含まれる「さて、それで?」にあたる部分だ。「独学者」は『嘔吐』の主人公ロカンタンが図書館で出会い、しばらく友人のような付き合いをすることになるキャラクターだ。図書館で見かけるたびに雑多な本を乱読している彼だが、それは上の引用にあるように、図書館にある全ての本をAからZの順に読破してしまおうという、途方もない計画に基づく行動だった。
 独学者は何を思ってこのような狂気的な計画を遂行しているのか?その思惑の詳細が語られることはないが、私には独学者の欲望がよく分かる。(無名だが)物書きであるロカンタンに羨望を覚える独学者は、自分が何も書くことができない劣等感やそれによって生じる人生の空虚さを何とか埋めようと、知識の獲得・支配に乗り出したのだろう。しかし、その先にロカンタンがニヒリスティックに見出す未来は、「さて、それで?」と途方に暮れる独学者の姿だ。そしてその未来予測はおそらく的中する。

 私自身、大学で未熟ながら色々と手を出し勉強し、拙い論文もいくつか書いた。卒業後も、退勤から就寝までの時間を読書に費やし、好きな作家の全集に手を出してみたり(そして挫折したり)しているが、その時々に頭に思い浮かぶのが、この「さて、それで?」という独学者の呟きだ。この本を読んだから、本の感想を書いたから、幅広い知識を身に付けたから、それが何になるというわけでもない。たいした勉強をしているわけでもないし、本を読んでいるのは本が好きだからなのだけど、頻繁にそういった虚無感に襲われる。

 しかし、私がこのシーンをたびたび思い出すのは、私がことあるごとに人生の虚無に打ちのめされているからというばかりではなく、やはりこのシーンが感動的で、端的に言って大好きだからでもある。
 独学者自身、自分の行いの先に待つものが「さて、それで?」であることは百も承知なのではないか。それでも彼は、何者かになるために、自分の人生を肯定するために毎日図書館に通い詰める。その不器用なひたむきさに惹かれずにはいられない。

 誰が読むかも分からない、誰にも読まれないだろうブログを書いたところで何の意味があるのか。そういう「意味」をいちいちグズグズと考えてしまう性格にもかかわらず、どうしても書きたいという欲が抑えられない。そうであるならば、人生のあらゆる場面に現れるだろう「さて、それで?」を肯定するしかない。大層な言い方だが、そういう思いを込めてブログのタイトルとして拝借した。
 日常が平凡で面白みがないため、本や映画のメモ・感想が中心のブログになりそうだ。ただそれだけではなく、日記や雑文など何でも書いて何でもアップしたいと思っている。どうぞよろしくお願いします。